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東京高等裁判所 昭和47年(う)2098号 判決

主文

一、原判決中被告人三戸部貴士に関する部分を破棄する。

同被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中三〇〇日を右の刑に算入する。

原審における訴訟費用≪省略≫

二、原判決中被告人川端勇に関する部分を破棄する。

同被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中二八〇日を右の刑に算入する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用≪省略≫

理由

本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人安武幹雄、同秋山幹男、同小口恭道及び同杉本昌純並びに被告人三戸部の弁護人北村哲男共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書記載のとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事飯嶋宏作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一の一(被告人三戸部、同川端関係)について。

所論は、原裁判所は、被告人川端に対する被告事件及び被告人三戸部に対する兇器準備集合被告事件の第一回から第九回までの各公判期日において、被告人らが出頭を拒否したのに、刑事訴訟法第二八六条の二を適用して被告人ら不出頭のまま右の各期日の公判手続を行ったが、被告人らの右の各出頭拒否については正当な理由があったのであるから、右の法条を適用することはできなかったのであり、また、原裁判所は、被告人らの不出頭を奇貨としてその防禦権を奪うことによって本件の簡便な処理をしようと意図して右の措置に出たものであるから、右の法条を濫用したものであって、原審には訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで、検討すると、原裁判所が所論のような審理を行なったことは、記録上明らかである。所論は、被告人らの右の出頭拒否について正当な理由があるとする根拠について、つぎのとおり述べている。すなわち、東京地方裁判所裁定合議委員会は、本件を含むいわゆる東大事件の審理について、被告人らのいわゆる統一裁判の要求を排して分割審理方式を採用するにあたり、被告人らの所属派別を調査したことが明らかであり、また、被告人らの自白の有無、逮捕歴及び東大闘争における地位をも調査したと推認できるのであり、原裁判所は、右の調査の内容を知っていたものである。また、原裁判所をはじめ東大事件の審理にあたった各裁判所は、その一つの裁判所である東京地方裁判所刑事第一二部の裁判官に自己の審理する本件を含む東大事件の公判調書を閲観することを許可したものであって、このことから東大事件を審理する各裁判所が実質上一体となって行動したものと認められる。そこで、被告人らは、右の事態に接して、原裁判所が、本件審理について予断排除の原則に違反しているばかりでなく、受訴裁判所の独立の原則を放擲しているものであって、原裁判所によっては公正な裁判を受けることは到底できないとして前記の出頭拒否に出たものであるから、正当な理由があったといわなければならないというのである。

しかし、所論の主張する事実、特に被告人らの出頭拒否の理由について本件記録上これを明認するに十分な資料がないばかりでなく、所論の主張する事由自体、刑事訴訟法第二八六条の二の法意に照らすと、出頭拒否についての正当な理由があったものとは到底認めることはできない。それで、所論の前段の主張は、その前提を欠き、採用できない。

ついで、所論の後段の主張については、所論に鑑み記録を精査しても、原裁判所が所論のような意図を持っていたとは到底認めることはできないから、所論は、その前提を欠き、採用できない。

それで、論旨は、理由がない。

なお、所論のうち訴訟指揮の違法と題する部分は、非難の対象となる具体的訴訟手続の指摘がなく、かつ、右の論旨との関連も明らかでないから、判断の限りでない。

同第一の二(被告人三戸部関係)について。

所論は、原裁判所は、原判示第二の(二)の事実につき、斉藤修平の検察官に対する昭和四四年四月四日付及び同年五月六日付各供述調書を刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の書面として証拠として採用し、原判決は、これらを右の事実認定の資料としているが、右の各供述調書は、同号により証拠能力があるとすることができないものであるから、原判決には訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで、所論に鑑み検討すると、右斉藤は、右の事実の証人として原審に喚問されたが、被告人の本件行為については、刑事訴訟法上の証言拒否権に基いて全面的に証言を拒否したことが記録上明らかである。そうすると、右の各調書の裁告人の本件行為についての供述記載は、被告人及び弁護人の反対尋問のテストを実質的には受けていないものといわなければならず、また、前記の法条の後段にいう「公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なった供述をしたとき」という要件にあたらないことも明らかである。

しかし、反対尋問のテストを受けない供述であっても、これを証拠とする必要性があり、かつ、反対尋問に代わる信用性の情況的保障があれば、これに証拠能力を認めることは、憲法第三七条第二項の禁ずるところではない。そして、証人が証言を拒否した場合には、その時点においてその者の供述がえられない点において刑事訴訟法第三二一条第一項第二号前段の場合と異なるところがなく、また、前の供述内容を法廷で再現できない点において同号後段の場合よりも程度が著しいものであるから、その者の検察官の面前における供述調書(以下検察官面前調書という。)を証拠とする必要性のあることは、同条同項に定める場合に比して劣らないものといわなければならない。従って、この場合、検察官面前調書は、少くともその信用性の情況的保障が認められる限りにおいては、同号前段の場合に準ずるものとして、その証拠能力を認めるのが相当である。そして、証言拒否権は、証人から証言以外の証拠資料をうることまでも禁ずるものではないと解せられるから、証言拒否が証言拒否権に基づく場合であっても、右の結論に異なるところはない。そして、前記の斉藤修平の検察官面前調書は、その中で供述の動機、経過について詳細説明していると共に、同人が原審の証人として検察官に対しては真実を供述した旨述べていることに徴して、その信用性の情況的保障があることが十分認められるから、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号により証拠能力があると解せられる。そして、右調書の証拠能力は、右斉藤が被告人と共犯とされた傷害被告事件に関する有罪判決の確定後当審において証人として再び尋問された際原審において証言を拒否した点について若干の証言をしたからといって、何らの影響を受けるものでないことは明らかである。

それで、所論は、その前提を欠き、採用できないから、論旨は、理由がない。

同第二の一(被告人川端関係)について。

所論は、原判示第三の事実につき、原判決は、被告人川端が正当な理由がなく退去しなかった点について単に「故なく」退去しなかったと判示しているにすぎないが、不退去罪にいう「故なく」とは構成要件要素であって、しかも、「故なく」に該当する具体的事実を掲げなければその構成要件事実を摘示したことにはならないのであるから、右の原判示は理由不備であるというのである。

しかし、刑法第一三〇条にいう「故ナク」というのは、本条の罪の成立には違法性の存在が必要であるといういわば理論上当然のことを特に明記したに止るものと解するのが相当であるうえ、原判示の事実の摘示全体をみると、必ずしも明示的にではないが、「故なく」の具体的内容をほぼ判示しているものと解されるのであって、この点で所論はすでに採用することができない。しかも、たとえ右の点について所論に従うとしても、正当な理由がないことについては、原判示のように単に「故なく」と摘示するだけで足り、その具体的内容を摘示しなくても理由不備というにあたらないと解される。それで、論旨は、理由がない。

同第二の二(被告人川端関係)について

所論は、原判示第三の事実につき、原判決は、被告人川端が加藤一郎から退去すべき旨の要求を受けたと認定しているが、原判決の挙示する関係証拠には右の認定事実を認めるべきものはないから、原判決には理由のくいちがいがあるというのである。

そこで、検討すると、被告人川端が直接本件列品館の管理者である東京大学学長加藤一郎から退去すべき要求を受けたことを認めるべき証拠はないけれども、所論の指摘する原判示は、右加藤一郎から間接に退去の要求を受けた場合を除外する趣旨であると解すべき理由はなく、原判決の挙示する関係証拠中に右の事実を推認させるものがあることが認められるから、原判決に所論のような理由のくいちがいがあるとは認められない。それで、論旨は、理由がない。

同第三の一(被告人三戸部、同川端関係)について。

所論は、いずれも原判示第一の事実について原判決が刑法第二〇八条の二第一項の兇器準備集合罪の規定を適用していることを非難するものである。すなわち、まず右の規定は、暴力団同志の出入等の殺傷事件を効果的に取締まる目的で制定されたものであるが、右の目的達成のために有効な法規は他にも存するのであり、かつ右の目的達成のために右の規定は効果的なものではないから、処罰の実質的合理的根拠に乏しく、また、犯罪主体を特定することも、兇器を性質上の兇器に限定することもしていないので、少くとも右の目的達成のために必要かつ最少限度を越えてその規制が広すぎる。さらに、その規定中の兇器等の文言はあいまいで不明確な内容の概念であって、刑罰法規として必要な犯罪構成要件の一義的明確性を欠くものであり、憲法第三一条に違反して無効の規定である。従って、右の規定を適用した原判決には法令適用の誤があるというのである。

しかし、右の規定が制定されるに至った契機が所論の主張するとおりであったとしても、その適用が所論の指摘するような事件に限定されると考えなければならない理由はない。そうすると、前記の所論を考慮しても、右の規定が実質的合理的な根拠を欠くということはできず、また、所論のようにその規制が広すぎるともいえない。そして、右の規定が、個人の生命、身体または財産及び公共的な社会生活の平穏をその保護法益としていることを考慮して、その規定する兇器とは、性質上の兇器に限らず、その用法によっては人の生命、身体または財産に害を加えるに足る器物であり、かつ二人以上の者が他人の生命、身体または財産に害を加える目的をもってこれを準備して集合するにおいては、社会通念上人に危険感を抱かせるに足るものをも含むとするなど構成要件を合理的に解釈することが可能であるから、所論のように刑罰法規として必要な構成要件の一義的明確性を欠くものとはいえない。それで、論旨は、その前提を欠き、理由がない。

所論はつぎに、兇器準備集合罪における兇器とは性質上の兇器のみを指し、用法上の兇器まで含むものとは解されないのに、原判決が、性質上の兇器でないことが明らかな石塊、コンクリート塊、角材、鉄パイプ等を兇器と認定しているのは、法令の適用を誤ったものであるというのである。

しかし、兇器準備集合罪における兇器の意義については、前に判示したとおりであり、証拠によって認められる所論の指摘する物件の性質、形状及び数量、その物件の置かれた日時及び場所並びに集合者のその用法に関する意図を併せ考えると、右の物件は、兇器にあたると解するのが相当であって、原判決に所論のような法令適用の誤はない。それで、論旨は、理由がない。

所論は、さらに、被告人三戸部に対して共同加害の目的を認めた原判決は、刑法第二〇八条の二の適用を誤ったか、事実を誤認したものであるというのである。

しかし、所論指摘の点に関して、原判決が主張に対する判断の一において判示するところは、これを肯認することができる。そして、右の原判示の判断と被告人三戸部が列品館を退去した昭和四四年一月一五日夕刻までに同被告人としては相手方の攻撃が相当切迫していると感じていたことが本件証拠により推認されることを併せ考えると、原判決が同被告人に対し共同加害の目的を認定しているのは相当であり、所論のような違法があるとは認められない。それで、論旨は、理由がない。

同第三の二(被告人川端関係)について。

所論は、原判示第三の事実につき、被告人川端は、退去の要求をされるまで、列品館の占拠について法律上その占有を保護されるべき地位にあったのであり、退去要求は、信義則に反し権利の濫用であるから、本件不退去について正当な理由があったものであり、また、同被告人は、退去要求を受けたといえる形で伝達されたことがないばかりでなく、何らかの方法によって右の要求を伝達されたことも、これを認めるに足る証拠はないのに、同被告人が退去要求を受けたのに、故なく退去しなかった旨認定している原判決には、事実誤認または法令の適用の誤があるというのである。

しかし、原判決は、主張に対する判断の二において、所論の主張を排斥すべきことを詳細な理由を附して判示しており、右の判断は、すべてこれを肯認することができる。そして、所論に鑑みさらに検討しても、原判決に所論のような違法があるとは認められないから、論旨は、理由がない。

同第三の三(被告人川端関係)について。

所論は、原判示第五の事実につき、原判示の警察官らの公務は、まず被告人川端に不退去罪が成立していなかったのであるから違法であり、仮にそうでないとしても、警察権を濫用したものであり、かつ、その執行の手段、方法が違法であるから違法であり、従って、同被告人に公務執行妨害罪は成立しないのに、これを認めた原判決には法令適用の誤があるというのである。

しかし、原判決は、その主張に対する判断の三において、所論の主張を排斥すべきことを理由を付して判示しており、右の判断は、おおむねこれを肯認することができる。所論は、本件公務が警察権の濫用であると主張した点について、原判決が弁護人の主張を不当に歪曲していると非難しているが、原判示の主張に対する判断の三の(三)をも併せて考察すると、原判決は、簡単ではあるが、この点について判断をしていると認められるから、所論の非難は当らない。そして、右の点については、被告人川端を含む列品館その他の建物の占拠者が警察官らに対する徹底的な闘争の意思をもって、右の各建物に堅固な防禦設備を作り、かつ多数の兇器を準備していたことなどの状況に徴すると、右の占拠者らを排除するのが著しく困難であると予想されたのであるから、そのため警察官側においてもぼう大な人的、物的準備をもって臨んだとしても、別に不自然ではない。そして、このような警備態勢や所論が昭和四三年一二月下旬ころから本件退去要求に至るまでの間における東大当局の東大闘争収拾の方策と行動及び東大当局と警察側との協力による右のような建物占拠者に対する対策と行動について縷説するところを考慮しても、所論のように本件における警察権の発動が東大当局と警察権力とが一体となって東大闘争圧殺のための策動であったと断ずることはできない。

また、本件の証拠によると、本件にあたって警察官が相当多量に使用した催涙弾及び催涙液は、その使用方法の如何によっては、人の生命、身体に相当重大な危害を与えるものであることが認められ、また、催涙弾を発射した際、右の建物占拠者らに対して意図的に直撃したものとまでは認められないにしても、比較的低い角度で発射したこともあって、使用方法においていささか不注意があったことも認められる。しかし、本件において現実に行なわれた使用方法によって重大な結果を生ずる可能性はそれ程大きくなかったものと認められること及び前記の建物占拠者側の態勢と証拠上認められる警察官らに対して加えられた激しい攻撃に対してこれらが用いられたことを併せ考えると、右のような催涙弾及び催涙液の使用が、警察官職務執行法第七条に違反する武器の使用とみられるなどの理由によって違法となり、そのために本件の公務執行までその適法性を失うものとは認めることができない。さらに、右の建物占拠者らが逮捕された際、警察官がこれらの者に対して不法な暴行を加えた事例がなかったわけでもないことが窺われるけれども、そのためそれ以前になされた本件の公務執行の適法性にまで影響を及ぼすものとは認めることができない。その他所論に鑑み、さらに記録及び原審証拠を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討しても、本件公務が所論のように違法であると認めることはできず、従って、所論は、その前提を欠き、採用することはできない。それで、論旨は、理由がない。

同第四(被告人三戸部、同川端関係)について。

各所論は、被告人らに対する原判決の量刑が不当であると主張するものである。

そこで、記録及び原審証拠を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して考察すると、被告人らを含む集団による原判示第一、第二の(一)、第三及び第五の一連の各犯行の全般的情状及び被告人らの右集団中における地位、具体的役割からみた個別的な犯情並びに原判示第二の(二)の全般的及び被告人三戸部個人についての犯情については、原判決が量刑の事情一、二において判示しているとおりである。なお所論中に、原判示第二の(二)の事実につき被告人三戸部に対して刑法第二〇七条を適用するのは不当である旨の主張があるが、右法令の適用は、正当であると認められる。また、所論中に、右同事実につき、原判決が量刑の事情において被告人三戸部自身が行った暴行であるとして列挙している部分に事実誤認があるとの主張があるが、右の原判示は、証拠上正当であると認められる。

所論は、原判決は、原判示第一、第二の(一)、第三及び第五の各事実につき本件事案についての根本的な認識を誤り、被告人らの行為は、東大全共闘の七項目要求に象徴される東大闘争に対する東大当局と警察権力との一体となっての暴力的圧殺に対する闘争擁護の防衛行為であったことを量刑上参酌していないと非難するけれども、被告人らの主観においてはともかく、客観的には右のような事情が認められないことは、前に判示したとおりである。また、所論は、原判示第二の(二)の事実につき、被告人三戸部の暴行によって生じた傷害は、被害者の受傷のうち最も重大なものではなかったと主張するけれども、所論の主張を肯認するに足る証拠はない。

そして、被告人らには原判示のようにいずれも二回にわたる前科がある。

しかし、被告人らが原判示第一、第二の(一)、第三及び第五の各犯行に出たのは、客観的にみた場合の当否の評価は格別、主観的には大学制度の改革を自らの問題として考え、これに参加することが必須であり、本件各行為も現実の事態においてはやむをえない行為であるとの確信を抱いていたためであると理解できること、第一審判決後、被告人川端は、結婚して、正業につき、また、被告人三戸部も正業につき、いずれも正常な社会生活を営んでいるものと考えられること等被告人らに有利な事情を斟酌し、さらに、被告人らの犯情に鑑み、特に被告人川端についていわゆる東大事件における他の被告人の量刑との権衡をも考慮すると、被告人川端に対しては、刑の執行を猶予するのが相当であり、同三戸部に対しては、原判決の量刑を減軽するのが相当であると考えられる。それで、各論旨は、理由がある。

右のとおりで、本件各控訴はいずれも理由があるから、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により原判決中被告人らに関する部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書の規定に従って、さらに判決することとする。

原判決の確定した事実に原判決の適用した法条を適用し、処断刑期の範囲内で被告人両名に対し主文の各刑を量定し、被告人らに対する原審における未決勾留日数の刑算入につき刑法第二一条、被告人川端に対する刑の執行猶予につき刑法第二五条第一項、被告人らに対する原審及び当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用する。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦辺衛 裁判官 環直彌 内匠和彦)

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